共同創業者 尾股 宏

尾股宏は1963年に生まれました。10代の最も多感な時期を海に囲まれた横須賀で過ごしました。宏の海外志向は横須賀と海によって育まれました。
1984年、早稲田大学政治経済学部経済学科に入学。大学時代は、ロッククライミングやアイスクライミングに没頭。何度か死に直面するような事故に遭いながらもその度に奇跡の生還をしました。その体験が宏のチャレンジスピリットと危機対応能力を形成しました。大学2年時に出逢った中村愼一郎教授(現、早稲田大学政治経済学部名誉教授)が主催するゼミで受けた指導や、ゼミでの計量経済学、投入産出分析(産業連関分析)、コンピュータプログラミングとの出会いがその後の宏の帰納法的な思考のベースとなりました。
1988年、株式会社電通入社。営業職で新潟支社に初任配属されました。20人ほどの小規模事業所で広告代理店業務の受注から回収までの全ての業務フローをOJTで学びました。当時の木暮剛平電通社長(故人)から新潟赴任時に受けた訓示「着眼大局、着手小局」を胸に秘め、幼少の頃からの夢であった海外志向をいつの日か電通のグローバル化に従事するという形で実現したいと考えるようになりました。
1991年に東京本社に異動。以降、グローバルクライアントとの広告ビジネスに永らく携わりました。2001年から2002年、会社派遣によりスイスが誇る世界的ビジネススクールである International Institute for Management Development (IMD)に留学。Executive MBA ProgramにてMBA(経営学修士)を修得。同校でのインド人学部長Nirmalya Kumar教授との出会いがその後の宏のインド志向のきっかけとなりました。2009年から2013年、インドにおける電通現地合弁法人の1社Dentsu Marcom Pvt. Ltd.(本社グルガオン、支社ムンバイおよびUAEドバイ)に取締役副社長として出向、拠点経営にあたりました。電通が2011年に合弁を解消し100%子会社化すると、宏はチーフ・オペレーティング・オフィサーとして、その後、チーフ・エグゼクティブ・オフィサーに昇格して電通のインド拠点経営を軌道に乗せました。
帰国後、2016年の株式会社電通デジタル設立に際し、「起業」メンバーの一人として関わりました。創業後、執行役員兼共同チーフカスタマーオフィサーとして電通のスタートアップ企業の操業に従事しました。
2017年末に電通を退職し、2018年に日本アイ・ビー・エム株式会社に執行役員チーフ・デジタル・オフィサーとして迎えられました。グローバルチームの一員として巨大IBMのトランスフォーメーションに従事しました。2020年にSOMPOホールディング株式会社に執行役常務として移籍、グループ・チーフ・デジタル・オフィサー(共同)、グループ・チーフ・データ・マーケティング・オフィサー、グループ・チーフ・インフォメーション・オフィサーを歴任しました。
2022年3月に同社執行役を退任し、4月にSURYA Consulting Groupとして始動し、8月に妻・里英子とともに株式会社化に漕ぎつけました。
2024年4月に他社の役員に就任するのを期に、尾股宏は代表取締役を辞任し、共同創業者の尾股里英子にバトンを渡しました。 およそ1年間のブレイクを経て、2025年2月にファウンダーチェアマンとして、再びジャーニーに参加しています。
共同創業者 尾股 里英子

1968年生まれ。日本の国が誕生した古都・奈良県出身。尾股里英子は幼い頃、吉野の山に桜を愛で、春日の里で鹿と戯れ、橿原の森で日本の始祖を敬い、古都・奈良を愛する乙女として育ちました。
1984年、奈良県立畝傍高等学校に進学。バスケットボール部に所属しつつ、部活と勉学を両立させました。バスケットボールと英語との出会いがその後の里英子の人生の柱となっていきます。バスケットボールは里英子をチームワークプレーヤーに育てました。1987年、大阪外国語大学外国語学部英語学科(現、大阪大学外国語学部)に進学し、同大学で、英語を真剣に勉強するとともに、幼い頃からの情熱であった使える英語能力を身につけたいと渇望するようになります。その希望の実現と本物の英語に触れたいというモチベーションに突き動かされて、1989年、米国アリゾナ州立大学に留学。帰国後、1992年に大阪外大を卒業いたしました。同大学の卒業後の主な進路としては、外務省、商社、石油会社、航空会社、マスコミ、メーカー(海外部)などが有名ですが、1992年、里英子も大手石油会社に就職しました。そこでの外国為替トレーディング業務との出会いが里英子の半生を決定づけることになります。
1994年、里英子の卓越した才能を見出した元上司の薦めでニューヨーク銀行(現、バンク・オブ・ニューヨーク・メロン)に転職。トレーダーとしてのキャリアを本格的に開花させます。その後、2014年にVice Presidentとして退職するまでの20年間、東京、ロンドン、ニューヨークの24時間眠らないグローバル金融市場において外国為替トレーディングのエキスパートとして活躍しました。2008年のリーマン・ショックも最前線で経験するなどボラティリティの高いグローバル金融市場でのビジネスをチームワークで勝ち残りました。この経験を活かしたVUCA時代を生き抜くヒントをクライアントにご提供することができます。
2014年に同行退職後は、インフォーマ・グローバル・マーケット・ジャパン、モルガン・スタンレー・MUFG、楽天株式会社、株式会社ビットフライヤーなどで、金融アナリストやグローバルコーポレートコミュニケーションのプロフェッショナルとして新しいキャリアを形成しました。
銀行で培った里英子のコア能力の延長線上にある財務や会計に関する才能に気づいたキャリアアドバイザーからのお薦めもあり、2019年にキャリアの新たなページを開き、会計事務所に籍をおいています。現在、QCIC Consulting株式会社(東京都中央区)アカウンティングマネージャーとしてグローバル企業の会計実務とコンサルティングに従事しているかたわらで、2024年3月末の株主総会で当社の代表取締役に就任し、当社の舵取りをしております。
